最近ちょっとグルグル考えていたので、整理のために文章にしてみます。
◆「攻撃」と「守備」のつなぎ目
浦和レッズの三年計画には大きく3つのプレーコンセプトがあります。
- 『個の能力を最大限に発揮する』
- 『前向き、積極的、情熱的なプレーをすること』
- 『攻守に切れ目のない、相手を休ませないプレーをすること』
選手個々の特徴を活かすとか、最後まで諦めない姿勢とかが1つ目、2つ目で謳われていて、3つ目は割とプレーの構造自体のことを言っているように思います。プレーコンセプトが発表された時に土田さんは「攻守一体となり、途切れなく常にゴールを目指すプレーを選択する」ということも言っています。
いつからかサッカーには攻撃、守備の2つと、攻撃から守備の切り替え、守備から攻撃の切り替えの2つを合わせた4局面で捉えられる考え方が定着し始めていて、この切り替えの部分はトランジションという横文字で表されたりします。これについてはきちんと説明してくれているサイトがあるので、理解が怪しい方はこちらを紹介しておきます。
サッカーの基本構造【4つの局面と11のサブフェーズ】戦術の基礎
とは言え、サッカーのプレーをデザインするときには、まず攻撃か守備のどちらかをどのようにプレーしたいのかということから考えることが多いのではないかと。そして、「どのようにプレーしたいのか」というのは「具体的にどういう状況を作りたい(再現したい)のか」というのと同じことだと思います。
攻撃と守備のそれぞれの局面でチームとしてデザインされた状態、意図的に作りたい状況が設定されますが、攻撃はボールの通り道を作るために多少なりとも味方同士の距離を作りますし、逆に守備はボールの通り道を狭めたりなくすために味方同士の距離を縮めたりします。
そうなると、当然攻撃と守備では選手同士の配置の位置やバランスは変わるので、ボールを奪われた時には守備のための配置につくための移行時間が必要ですし、ボールを奪った時には攻撃のための配置につくための移行時間が必要です。正しい解釈なのかは分かりませんが、この移行時間のことを自分はトランジションととらえています。なので、トランジションは「攻守のつなぎ目」と言い換えることも出来るのかなと。
そもそも「トランジション(Transition)」の直訳は「移行/遷移」なので、切り替えと表現すると一瞬でパンと変わるようなイメージになるので、それよりは「つなぎ目」とか直訳のまま「移行」と表現する方が、その局面でどんなプレーが考えられるのかが分かりやすいのかなと思ったりしました。余談ですが。
で、このトランジション(攻守のつなぎ目/攻守の移行時間)が上手くいかない状況がどういうものなのかを考えてみると、例えばボールを失った時に自分たちが守備隊形に移行する前に相手に攻め込まれてしまったり、ボールを奪った時に自分たちが攻撃体系に移行する前に相手にボールを奪い返されてしまったりという状況がこれにあたります。
つまり、ボールの所有権が代わった後に、①相手より先に、あるいは、②相手に邪魔されることなく自分たちが再現したい状況を作ることが出来れば、攻守が切れ目なく移行できたことになり、そうでない場合は攻守が分断されたと言えそうです。
一旦ここまでを図でまとめます。
◆2パターンの移行に対する考え方
では、この2パターンがどういうものなのかを少し掘っていきます。
まず1つ目の「移行の時間を短くする」というのは、ポジトラで言えば「カウンター攻撃」で、ネガトラで言えば「プレッシング(即時奪回)」を目指すことになります。
ただ、ボールを奪ったらすぐに攻める、ボールを奪われたらすぐに奪いに行くという作業をするためには、攻撃時と守備時での配置差を小さくして、移行時の移動距離が短くなるようにしておく必要があります。守備時にSBに入っている選手を攻撃時にはCFの脇に置こうとしても、ワープすることは出来ないので局面が変わった時に生じる移動距離と時間はどうしても長くなります。なので、各選手の移動距離を最短にするための攻守両面をデザインする必要があります。
移行時間が短いということは4局面の循環のスピードが速くなって連続的にプレーをする必要があるので、ボールを扱う技術の正確さ以上にそれに耐えられるだけのパワーやスピードといった運動能力が求められます。
勿論プレーの正確さがあるのに越したことは無いのですが、相手のバランスが整う前にプレーをすることで相手の正確さを失わせようとすることが目的なので、多少の誤差が出たとしてもそれを挽回しやすい状況にすることが出来ます。
ただ、プレーのスピードが上がったままプレーをするので一旦バランスを崩してしまうと、自分たちもバランスを失ったままプレーをすることになってしまうので、試合のコントロールを失ってオープンな展開になる危険性もあります。
続いて2つ目の「移行のための時間稼ぎをする」というのは、ポジトラは「組織的な攻撃への移行」(ボールを相手から遠ざけて自分たちの攻撃用の配置を取るための時間を確保)で、ネガトラは「プレッシングと後退」(ボール周辺の選手はプレッシングを行って相手を足止めして、他の選手は後退する)というのを目指すことになります。
勿論、ネガトラはプレッシングの部分でボールを奪い返せればそれに越したことは無いですが、あくまでも攻撃から守備へ移行した場合はプレッシングが相手の足止めの役割になって時間稼ぎしているうちに、他の選手が守備隊形に戻っていくということになります。
この場合、移行の時間を長くとることが出来るので攻撃時と守備時の配置差が大きくても対応することが出来ます。配置差が大きい選手については長い距離を走る必要があるので、特定の選手に走力的な負担がかかる可能性はありますが。
それでも、移行の時間を長くとって組織的な攻撃や組織的な守備へとしっかり移行することで4局面の循環は遅くなり、常にバランスの取れた状態で試合をコントロールすることは可能になりますが、同様に相手にもバランスを整える時間があります。
そのため、1つ目とは逆にパワーやスピードといった運動能力よりもボール扱いの正確さが求められることになります。
◆実は幅の広いコンセプト
途中で気付いた方もいるかなと思いますが、2020年の大槻体制では1つ目の「移行の時間を短くする」という方法でコンセプトの実現を目指したと思います。
定例会見で大槻さんが「そもそもの話、ボールをゆったり持って攻める回数が多くならない方がいいと思っています。ボールを安定して持てることは悪いとは思いませんが、そうなる前に攻め切る場面が数多くあった方がいいと思っています」と話していたり、
『入りのところからアグレッシブにいく』大槻 毅監督(定例会見 10/9)
9月のセレッソ戦後に長澤が「全員の共通認識でボールを奪ったときに、相手が守りのブロックを作る前に攻め切るということ、カウンターのような形は狙っていました」「自分たちが切り替わった瞬間に相手の嫌なスペースを取りにいって、そこからスピードをあげて攻撃に人数を掛けていくという部分は前の試合からもやっていました」というコメントがあったことからも、2020年は特に守備から攻撃への移行時間を出来るだけ短くしたいという狙いがあったということが読み取れます。
そのため、長澤や橋岡、終盤にはマルティノスが重宝されたのはまさにこうしたアスリートとしての能力があったことも一因だったと思いますし、柏木がなかなかプレー時間を増やせなかったのはコンディションの問題もあったとは思いますが、彼自身がこうした要素ではないところで勝負するタイプの選手だったからだろうと思います。
そして、2021年のここまでのリカルド体制では、どちらかと言えば2つ目の「移行のための時間稼ぎをする」という方法でコンセプトの実現を目指しているのかなと。
4月のセレッソ戦後は「しっかりとコントロールしながらうまく試合を支配する展開にはできましたが、決定的なところで決められるかどうかにつながってくると思います。」「サッカーは面白いもので、いつシチュエーションが現れるかで違うと思います。何分もたってからでないと適切な瞬間が訪れなかったり、逆に2つ3つのパスで打開できるような状況があったりします。正しい瞬間、適切なタイミングに狙いを持ってボールを入れられるか、そういったところが大事だと思います。」というコメントがあったり
5月のルヴァン杯柏戦の後には「追いつくまでの点の取り方も適当にロングボールを放り込んで拾って攻撃ということではなくて、チームとしてしっかりやること、基準を持ちながら攻撃できました。」とコメントしていることら、チーム全体のバランスを崩してまで攻勢にかかるということは望んでいないように受け取れます。
自陣でボールを奪った後もすぐにボールを前に送るケースは少なく、最終ラインあるいはキーパーまでボールを下げて配置を整えてからボールを前に進めて行くことの方が多く、小泉や西といったボール扱いに長けている選手がベースとなり、柴戸や敦樹、明本といった力強さや走力のある選手も役割を明確に与えることで試合の中での不確定要素を減らすようなアプローチをしています。
コンセプトを実現するために採用している方法は違いますが、この両者に共通しているのは、攻撃と守備を分断して考えていないことと、それを可能にするためのポジショニングには気を付けているということ。
大槻さんは「たとえば、相手陣地でボールを奪いたいと思ったら相手が自陣でボールを持っていてくれないと困ります。たとえば、ボールを奪われたら早く取り返したいと言ったら、相手の近くにいたほうがいいわけですよね。囲碁と同じだと思いますが、全部が全部は取れないですし、どこを取るかだと思います。自分が取りたいところが全部うまくいくわけではなくて、相手もいるので相手がやりたいことで変わってくる部分はあると思います。
ただ、そのときに元に帰るところがあって、その上で『でもこういうふうになったね』ということに対して、相手とのかみ合わせで空いてくるところは必ずあります。どこかを取りにいけばどこかが空くので、そこを理解して進めていくところまでいくことがいいんだろうなと思っています。」というコメントをしていて、
「あのときから身が引き締まる思いを持ち続けている」大槻 毅監督(定例会見 11/7)
リカルドも「サッカーなので切り取ることはできないと思いますが、攻撃を大事にしていきたいです。名古屋のようなチームは、カウンターがカギになってきます。では我々がカウンターを止めるために何ができるかと考えたときに、いい攻撃があると思います。
福岡戦はカウンターを食らってしまう場面もありましたが、ああいうチームのカウンターを止めるためには、まずいい攻撃をする。いい攻撃をするということは、いい立ち位置を取れるようにするということ。そういった一連の動きがあるからいい攻撃につながると思いますし、ボールを失った後も早くボールを奪い返せる形になっていくと考えています。ですので、そもそもカウンターを成立させないということがまずは大事だと思っています。
タイにいたときからいかにカウンターを止めるかということを考えてきましたが、立ち位置をしっかり取れていればカウンターは止められると思います。攻撃的なスタイルの相手と戦うときも変わりませんが、特にカウンターを狙ってくるチームに対しては、そこを止めることが一番大切だと思っています」というコメントの通り、4局面を全体で考えていること、それを実現するためのポジショニングに気を付けていることが伺えます。
「応援してくださる方々も含めた全員の力で勝ち点差を縮めたい」リカルド ロドリゲス監督(定例会見 5/28)
このように、「攻守に切れ目のない」というコンセプトというのは実は幅の広いものであって、大槻さんもリカルドもこれを実現するためにチームを作っているように思います。
コンセプトには「相手を休ませない」という言葉もついていますが、大槻さんの方は分かりやすく相手にどんどん襲い掛かるイメージで、リカルドは攻撃で相手を振り回す時間を増やしながら、ボールを奪われた時にはプレッシングを行って奪回して再び攻撃へ移行していくことを理想としており、これも実現の方法は違いますがコンセプトからは外れていません。
コンセプトって結構抽象的なものなんだと思います。具体的なものというは「主原則」「準原則」まで落として行った時であって、ここの部分が監督の裁量、能力によって左右されるのだろうと。
退任、解任がない監督は存在しないので、リカルドもいつかは浦和を離れる時がきて、浦和は次の監督を選ばなければならなくなります。その時に攻撃や守備がどのような形で行われるのを理想とするのかはその監督次第ですが、「4局面を全体的に設計すること」という要素が見受けられない人を選ぶことだけはあってはいけませんし、この設計や構築の上手さが大きな選定基準になるのではないかと思います。
チームの継続性を考えた時には、リカルドのスタイルから遠くない人を選ぶのだろうとは思いますが、リカルドは1人しかいないですし、違う人にリカルドと同じものを求めるわけにもいかないので、次の人が来ればその人なりの「主原則」「準原則」を理解しようとする必要があります。
ただ、監督のコメントから「攻撃」か「守備」のどちらかの面しか聞こえてこなかったり、攻守それぞれの狙いとその移行の仕方でつじつまが合っていない場合には監督の選定を間違えていないか?と心配になるのかなと。
正直、「攻撃」「守備」に比べて圧倒的にその局面の時間が短い上に、ピッチ上の動きが多い「トランジション」についてはまだまだ理解が薄いし、どう見るのが適切なのかが掴めていない部分があります。なので、本や記事でこれを読めば理解が捗りそうというものがあったら是非教えて頂きたいです。
また、今回は移行について2パターンの考え方としましたが、もっと細分化出来たり、そもそも違うパターンがあるのかもしれません。「こんなのはどう?」とか「こういうのもあるよ」とかがあれば教えてください。
今回も駄文にお付き合いいただきありがとうございました。